5月8日。朝から何も口にせず、状態は変わらずでした。が、お昼ごろになると時々顔だけ上げて牙をむき、痙攣するようになってしまった。すぐに病院に連れて行き点滴と発作止めの薬をもらって帰りました。とうとう1番恐れていた末期の症状、神経症状がでてしまった・・・・ 本で読んだりして知ってはいたが思っていた以上に辛かった。でも1番辛いのはブッチ・・・ 私はブッチに謝ってばかりいた。注射を打ったばっかりにと・・・
晩になり、ブッチはおしっこした。それと同時にものすごい叫び声をあげながら激しく痙攣。私は泣きながら先生に電話をした。そしてすぐに病院へ連れて行きました。病院に連れて行く間も車の中で何度も何度も叫びながら牙をむき、苦しそうに痙攣していた。もうブッチの面影は無かった。自分が悔しくて悔しくて、そして不安で怖くてハンドルを持つ手は震えていた。
病院についてから先生と話し合った。ブッチはもう助からない。このままその時が来るのを待つか、苦しみから開放してあげるか・・・・ 痙攣は体が勝手に動いてしまうだけであって痛くて暴れている訳ではないと言うけれど、苦しんでいるのには変わらない。安楽死・・・と発してしまったが、自分の判断の注射でブッチをこんなに辛い目に合わせ、その上また自分の判断で命を絶つなんてどうしても出来ない・・・・すると先生はそんな思いを察したのか、安楽死の注射(薬)?!は痛いから麻酔してからやるんです。それではかわいそうだから、痛み止めに使うモルヒネを少し多めに打ちましょう。多幸感になるから痛みはまったく感じないし眠りについてしまうから痙攣もでないでしょう・・・・ 薬の効果は半日程続きます、後はブッチの体力次第です。と言った。私はお願いします・・・と言った。 その注射をすると痙攣して息も荒かったブッチは急に穏やかな顔になり、静かに呼吸しながら寝始めた。ブッチの顔の近くに酸素マスクを置いてもらった。その後先生と一緒にしばらくブッチを看ていた。ブッチは呼吸が強まったり弱まったりしていた。マスクを遠ざけるとすぐに鼻が血の気が引いたように白くなった。そして呼吸も弱まった。30分ぐらいして私は先生にお礼を言い、ブッチを抱えて病院を出た。
ブッチは帰りの車の中でお空に旅立った。
今思えば、先生はあの時モルヒネを致死量打っていたのだと思います。私への考慮でああいう言い方をしたのだと思います。ブッチの顔は苦しんでいた時とは別のそれは穏やかな顔で寝ているようでした。
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